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0e3c563e.jpg二週間に一度(程度)週末にグランプリがあり、我々視聴者は「またマクラーレンの勝ちかよ」とか「またフェラーリかよ!」とか言えるわけだけど、本質はそんな所になく、1ポイントの重さを思い知らされたレース。全17戦の一戦だから適当な気持ちで迎えるなんてことなく、一戦一戦の勝ちは全く同一であると思い知りされたレース。

キミ・ライコネン、初のハールドチャンプ!おめでとう!私的には永遠に無冠の帝王で引退すると思ってたのにこんなに若く勝ってしまうとは!!今晩はシャンパン風呂にでも入ってください!!
勝因がどこにあったのか、もう本人にしか分からないと思うが「三位に入れば酒が飲めるぞ〜」かもしんない。

ジャントッド。表彰台下で(おそらくミハエルに)携帯から電話するが、気にすること無くポディウムに向かうライコ萌え。「頼むからブラジルには来ないでくれ!」とミハエルに言ったのはジャントッドかもね。でも買えろうとするアロンソを「ポディウムで記念写真撮ろうぜ」と誘うジャントッド萌え。

マッサ。自国ブラジルGP二連覇を無くしてまでのなにかがあった?でもそれは永遠の秘密。(実際になにかあったのかは分からないが、非の付けどころの無いレースを二人ともしました)彼にとってベストなシーズンではなかったにせよ、契約も更新し、チームのワールドチャンプへの(無形の)貢献をし、悪くないシーズンだったのでは?来年は自分がチャンプを狙う年。

アロンソ、ここ数戦はあまりいい印象がなかったけど「同僚のルイスに取られるより百倍マシ」な選手権だった故?2位トロフィーを間違えるプレゼンターに「いや2位はあっちのアロンソ」と指差したり、ポディウムで外に入ろうとするジャントッドに「フェラーリ三人、なかに入りな」と導く優しさが見えたり、この一年いろいろしんどかったのかなあと思わせる仕草が。この一年大きく株を下げざるをえなかったけど、また来年へと勝負は続く。

ハミルトン、上海でも決められたし、ここでも守りに入ればチャンプは望めたのに、それがプレッシャーというもんなのか、レーサーの闘争本能だったのか。でも結果だけ見ればルーキーとしてはとんでもない一年でした。

ニコ4番手でフィニッシュ、クビサ5番手、大きく評価を上げた一年。

ハイドフェルど6番手、ちょっと勿体ない一年だったかも。運にもみはなされたのかもね。さらにBMWで来年さらなる飛躍を。

9番手レッドブルのクルサード先生。微妙に荒れたレースだけどポイントはならず。また来年浅草寺でお待ちしてますよ、確変切符を持ってってください。

10番手中嶋一貴、いろいろオーバーテイクもしてたけど、一番の印象はピットクルーをひいてしまうほろ苦いグランプリ(そのクルーは担架の上でピースサインだけどさ)でもちゃんと完走したからね。悟さんも祝杯をあげてると思います。

11番手ラルフ。いけすかない男だったけど、来年はどうなるのかな、そう考えるとポイント取らせてあげたかったよねえ。

12番手琢磨。14番手ディビッドソン。ちょっと悔しいけど完走で終えることがシーズンで考えたらよかったことです。また来期、次のステージへ。

私的には「どうせハミルトンが2位か3位を走行するつまらんGPになるんじゃね?」と思ってましたが、目まぐるしく状況の変わるレース。私がジャントッドだったら「第一スティントで順位を入れ替える工作せねば!てゆかそういう状況でしょ!!」と何度も思ったが、石のように動かざること山のごとし、それが全体を動かしたのかもしれないねえ。ルールが微妙に帰られるだわ、日本グランプリは富士トヨタグランプリで糞だわ、自分的には「空白の一年になるかも」と思っていたが、本当に一年間の集大成、素晴らしい2時間でした。

ミカ・ハッキネン、久しぶりのマクラーレン王者を祝福にブラジルまで?結果はライコの祝福になってしまったけど、我々的にはイリヤ夫人「サングラスかけてないと誰だかわかんね」

今年のF1の最後に今週前半のマンセルのコメントを。マンセルは21年前、最終戦で三つ巴のチャンピオンシップ争いをした苦い思い出を持っている。
「65周目までは順調だった。わたしは3位で抑え気味に走っていた。すると突然リアタイヤがバーストして世界が一変した」と語る。「マシンを何とかコントロール」して、クラッシュすることなく脇に寄せることができた。怪我はしなかったが、感情的な苦痛は恐ろしいほどだった」「その後、もしわたしがクラッシュしていたら、破片を片付けるためにレースを止めたはずだから、わたしがチャンピオンになっていたかもしれないとオフィシャルから聞いたときのわたしの気持ちを想像してほしい」「ルイスにはこんなことが起こってほしくない。その時のわたしはショックを受けており、自分の責任ではないのにタイトルを失ったことに呆然としていた」1992年のグランプリ・レーシングの王様がやっとタイトルを手にしたときわずか7歳だったハミルトンについて、ハミルトンの邪魔をするのは、技術的トラブルが奇妙な出来事しかないと考えている。「彼はトラブルを避けなければならない。それが最大の目標だ。わたしは大きなプレッシャーを感じていた。彼が同じものを感じていても、それは彼にはどうしようもないことだ。とにかく信頼性が重要だね」

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